豊かな自然の調和の中に、人々の暮らしが存在していた頃、澄んだ川の水に紙の原料、楮の樹皮を晒す風景が長良川上流沿いに広がる美濃地方の河川に見られた姿であった。
ついこの間迄、美濃紙が手漉き和紙の代名詞になる程有名であったのは、日常なくてはならない生活の素材としての優秀さと一時期、謄写 印刷の紙としても世界に輸出され、大きな産業として栄えた時代があったところからも来ている。蚕がまゆを作り、美しい絹糸を作り、美しい川の水と、人々の知恵で品質の良い紙を作る。それらは、みな数百年もの間、生活の中で生き生きとして、人々の暮らしに浸透していた賜物であった。
先日、ベルギーのミュージアムで1600年代に、長崎の出島からヨーロッパへオランダの商社によって渡っていった和紙を見る機会があった。400年近く時を経た今も、まるで昨日漉かれた紙とほとんど変わらない美しいものであった。その紙も美濃紙であった。
紙という文字や形は同じでも機械の漉いたパルプ材のものと、楮で手漉きのものとはまったく別 の素材ほど違うのである。
現在私が永年親しんだ美濃の手漉き職人の工房と、澄んだ水の川との間に、自動車のバイパスが作られてしまった。一年中同じ棲林独特の濃い緑一色の山肌となって四季折々に美しい山肌を彩 る木々の姿は少なくなった。
ついこの間迄、どこまでも続く白い大小のくり石の河原は、両岸の護岸工事の後、泥の堆積と雑草で覆われている。
川沿いの村の鎮守の森もセメントで固められて、賑やかだった暮らしの面影は無い。小鳥達が大空を舞い、人々の暮らす様子を見ているに違いない、人間たちがかけがいのない自然空間をどうするのか。
その自然から生まれたやさしい風合いの紙が本当は何であるのかということも、今こそ昔の人々のゆったりとした自然との暮らしぶりを思い起こす事の大切さが必要なことです。
 

喜多俊之

1942年大阪に生まれる。
69年よりイタリア、日本で制作活動を開始。フランス・ポンピドゥーセンター10周年記念招待作家にて未来空間を提案。
ヨーロッパを始め国内外で作品展を開催。
90年にスペインの工業デザイン大賞"デルタ・デオロ賞"金賞受賞。JID賞、アメリカプロダクトデザイン賞トップファイブ・インターナショナルDACRONデザイン賞等を多数受賞。

幻想と現実の機能、張力と圧縮、紙とワイヤー、これらの二つのバランスを慎重に考慮して制作しました。バードハウスの基本的な機能は、底面 と底面と合体させた二つの4面ピラミッドの中に包み込まれています。上部はウェザーフードとして、和紙に可能な範囲で悪天候などの外的要素からバードハウスを守るようにデザインされています。
下部は鳥たちのいこいの巣になっていて、この巣を保持出来るよう浅い形にデザインされています。二つに形を分けることで、適度な風が通 るようになっています。
両方のピラミッドは固く半透明の和紙で作成され、互いに1本の真鍮のワイヤーでつながっています。このワイヤーは下部の巣の穴を通 ってウェザーフードのスロットを通るようにのびています。このワイヤーは、バードハウスの入り口で止まり木の役目をしたり、ウェザーフードにかかる力を制限したり強めたり出来る太さと形になっています。
ピラミッドの角は、縦のへりを強化するように折られていて、継ぎ目は隠すよりむしろデザインの一部として目立たせてあります。
ウェザーフードの継ぎ目は、前面中央を上から下へ縦に、入り口の穴と一直線に並んでいる三角形の切り込みまでのびています。もう1本の継ぎ目は、巣の背面 中央にそって頂点までのびています。

ブランド・グリフィン

有人宇宙船の指導的設計者の一人である。自分の会社を始める前に、 ボーイング社で12年間働き、そこで宇宙船と宇宙基地、月面 歩行服(lunar rovers)宇宙服の設計をした。ジョンソン宇宙センターで、3回の奨学金を受け、現在国際宇宙大学の学部長である。

紙の源流を探しに常夏の島を訪ねたとき、人にも鳥にも様々な棲み方のあることを知りました。その土地にある最もありふれた素材を集めてつくられる棲はとても心地よく利にかなっています。
海辺を我がものと飛び廻るキングフィッシャーの群を見ていて、足元に積もる枝サンゴで棲をつくることを思い立ちました。
何百年という時間単位で海水に洗わキァれて出来た無数のかたちと自然の摂理に従って努力と英智で結晶させてゆく和紙づくりとは相通 ずるところがあります。和紙の力を借りて、こんなお家ができました。

伊部京子

1967年京都工芸繊維大学大学院卒業。
在学中より和紙を素材とした独創的な創作活動を展開。伝統素材を生かした現代造形が世界各地で高く評価される。
現在、日本紙アカデミー常務理事。国際紙造形展審査委員。ケベック大、カリフォルニア大、オスロ・ロイヤルアカデミー、京都工芸繊維大学非常勤講師外教歴多数。主な受賞に、1994年京都府文化功労賞等がある

このバードハウスは、第一に和紙の質感を楽しめるように作られています。
和紙は細かく裂かれ、細長い紙片に作り替えられています。この紙片は、二つのタイプの形態に再構成されています。つまり、型に入れて筒状にしたものと、無造作に束ねられた糸状のものの二つです。これらを組み合わせて、最終的なオブジェを創り出しました。
形としてわかりにくいかもしれませんが、色彩と質感からこれが自然にある物ではなく、その特質から人が製作、あるいは加工したものだということは明白です。しかし、そこには自然の趣があります。 おそらくは陸のものではない、海の生命形態を思わせるものがあるのです。鳥は自然か人工かを問わず、様々な環境の中に住みかを造ることができます。
このオブジェでは、バラバラの紙片の密度と質感とが鳥に隠れ場所を提供しています。
鳥は筒の中に入り込み、紙片を再構成して内側に巣を作ることができるのです。

デヴィット・ニクソン

1967年京都工芸繊維大学大学院卒業。
在学中より和紙を素材とした独創的な創作活動を展開。伝統素材を生かした現代造形が世界各地で高く評価される。
現在、日本紙アカデミー常務理事。国際紙造形展審査委員。ケベック大、カリフォルニア大、オスロ・ロイヤルアカデミー、京都工芸繊維大学非常勤講師外教歴多数。主な受賞に、1994年京都府文化功労賞等がある

私は、バードハウス・デザイン展を通じて、バードハウスとは自然に対する我々の役割を表現したものだと感じています。最も広い意味において、人の役目とは、地球上の全ての生命を守るということです。20面 の和紙からなるこの作品は、バードハウスの思想と地球との関係を表現しています。
その基礎となっている20面体は、球形に最も近い正多面体プラトンの立体からきています。バックミンスター・フラーが彼の「Dymaxion Map」のテンプレートとして20面体を選んだのも、その理由からです。20面の各々は、正三角形の形をしており紙で作られた輪に内接しています。
それらの正三角形は生命体系を表します。正三角形の外側を囲む輪の部分は、正20面 体の周囲に突き出した骨格を意味します。この骨格は、その下側にあるバードハウスの球面 を強調します。私は、各面により小さな4つの三角形を作ることも考えましたが、それだと骨格が小さすぎて、この球面 の効果が失われてしまいました。
一つ一つの正三角形の面に描かれているのは、円の中に内接するもう一つの三角形で紙の輪と20面 体の正三角形と同じ比率になっています。紙の輪と、20面体の正三角形、その中の描かれた輪と三角形は、変換された比率によって関連づけられています。それは極小レベルから全地球レベルまで、果 てしない比率の連続体を示唆しているのです。地球というバードハウスへの入り口は、面 の一つにある三角形です。

マーク・コーエン

1952年ニューヨーク生まれ。ミシガン州立大学において博士号取得、コロンビア大学にて建築学修士取得、プリンストン大学にて建築士を取得する。
1991年1月より現在までNASA-エームズ高度宇宙技術事務所(NASA Ames Advanced Space Technology Office)に所属。2008火星表面居住研究(Mars 2008 Surface Habitation Study)を指揮。

鳥を見ていると私達の心は空に向かって飛び立ち、素晴らしい未来の夢に向かって希望にあふれています。この地上に、彼らが生活できるような環境を私達は作らなければなりません。
そして、この現在の時を未来につなげていかなければならないのです。
この作品は、紙と、天然の繊維を使って、人間が鳥と共存する自然を象徴しています。人が鳥と調和を保って暮らせるような居住空間を、このバードハウスの形は表しています。

ラリー・ベル

ササカワ国際宇宙建築研究所(SICSA)の所長でありヒューストン大学では実験建築における学士プログラムの教授を務めている。カルスパンS.R.L.航空宇宙研究開発会社である国際宇宙産業(SII)を共同で設立。さらに、国際宇宙団体(ISE)を共同で設立。かつてのソビエト連邦共和国の宇宙航行連盟により最高位 の3種の名誉賞のうち2つの名誉賞を受賞している。

鳥にとっての最良の住みかは、自然がもたらすもの、つまり木だと思います。
未来の宇宙コロニーでは、無作為で自然な美が、純然たる機械的構造とのつり合いを生み出すでしょう。私は鳥たちとうまく共存できる環境をつくるためバーナル・スフィア宇宙コロニーの中央部分の構造を利用しました。
バーナル・スフィア宇宙コロニーの中央部分の構造を利用しました。
この空間の内部は微少重力状態になっていて、浮遊するリングを静止させておくことができます。そのリングの内側を小さな木や潅木で覆い鳥たちが住めるようにするのです。
構造物はゆっくりと回転し、鳥たちにやさしい疑似重力がかかります。そうすることによって、鳥たちは地球と同じように木の枝に留まったり、巣を作ったりすることができます。直径100メートルのリングも、内側が、1.6キロメートルにもなる球状のコロニーの巨大な内部にあっては、繊細で小さく見えることでしょう。ハンググライダーでリング・ガーデン間を滑空し、その自然の美しさを鑑賞することもできます。
実際、彫刻の施されたリングの外面は、光を反射する素材で覆うことによって、コロニー内部に光を拡散することもできるのです。
このリング・ガーデンは回転軸付近の低重力域を拠点とするメンテナンスのサービスマンが自由に浮遊して管理します。しかし、リング・ガーデンに足を踏み入れることは、人間には固く禁じられています。自然を保存した環境は、混沌とした自然の美しさと、それとは反対に慎重に計画された球形コロニーの内部との均衡を生み出しています。

 

パット・ローリングス

1955年テキサス州グリーンヒルに生まれる。ヒューストン大学クリアレイク校で応用デザインとビジュアルアートを学んだ後、エアロスペース社の関連企業Eシステムに勤務。
1978年NASAのテクニカルアートに就任、隕石研究をスタートする。スペースアーティストとしてもロッキード社やマクダネル・ダグラス社、『スミソニアンマガジン』等に作品を提供している。